峠道でのツーリング夕暮れの牧草地と牛の群れ雨の網走方面への道崖沿いをうねる山道道を横切るヤギ田園地帯をまっすぐ伸びる道雪の吹雪くキャンプ地の夜トンネルの先に広がる敦賀の海田舎道沿いの万屋のある交差点雪道に佇む荷物満載のバイクと夕暮れの空桜の木と入江を望む峠道のバイク切り立った崖とトンネルへ続く峠道火山地帯を貫く一直線の道宗谷の草原を行く一本道とバイク深夜の雪原に伸びる道宗谷岬の雪原に並ぶ愛車たち夜の風車群と雪道のバイク砂浜の海岸線とバイク緑の岩山と海を望むキャンプ地のバイク海沿いを行くカーブの道白黒写真、壁に停めたリトルカブ

青パーカーの書き散らし

旅の合言葉は「宗谷岬でまた会おう」。 旅の記憶と、知識の記録。

青パーカーの書き散らし 18.11.21 青春バイク野郎は厳寒期ツーリングの夢を見るか?

18.11.21 青春バイク野郎は厳寒期ツーリングの夢を見るか?

書き散らし Diary 旅記 2018年末:年越し宗谷岬

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テントを出ると、重い空気が肌に刺さる。
吸い込んだ空気が肺いっぱいに広がり、一筋の吐息がたなびく。

空気は宇宙を透かし、空はどこまでも深い。
遠くの山々は朝日を浴びて朱く輝き、未だ陰っている足元には締まった雪。
起きがけに飲む一杯の紅茶が、まるで氷のように固まってしまった身体を溶かす。


・・・私は、、、私はいったい何を目指して走っているのだろう。
何をこんな、ただひたすらに耐えるだけの場所に来たのだろう。

分からない。
分からないけれど、でも、そういうことなんだろう。

ここにいて、この道を走ってきたということが、理由なんだろう。
そしてこの道を走っていくことが、この場所にいる理由なんだろう。 
漠然とした答えしか無い問題だってある。


あぁ、自由なんだ。

蒸されながら待つ長い車列も、
どこに行ってもいる観光目当ての人達も、
モラルのないバイクの集団も、アホみたいなサンデードライバーも。
ここには邪魔するものはなにもない。

自由だからこそ、どうでもいいような悩みが浮上するし、それすらも、じきにどうでも良くなってくる。
そしていづれ、人間関係や日常生活といった浮世の何もかもがどうでも良くなってきて、
空が、緑が、大地が、その他あらゆる自然が愛おしいと思うようになる。
人の手の介在しない清浄な存在が、生きる力を与えてくれるようになる。
そのことに、気づけるようになる。

言葉なんて要らない。
言葉は雄弁に語るが、語ることが精いっぱいだ。
感じられるようになってやっと理解できることもある。
旅は、それを教えてくれる良い教師であった。


冬の北海道の追憶に、そんなことを考えた。

 
 

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7年前(2863日前)

自由に押せますが何も起きません

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