峠道でのツーリング夕暮れの牧草地と牛の群れ雨の網走方面への道崖沿いをうねる山道道を横切るヤギ田園地帯をまっすぐ伸びる道雪の吹雪くキャンプ地の夜トンネルの先に広がる敦賀の海田舎道沿いの万屋のある交差点雪道に佇む荷物満載のバイクと夕暮れの空桜の木と入江を望む峠道のバイク切り立った崖とトンネルへ続く峠道火山地帯を貫く一直線の道宗谷の草原を行く一本道とバイク深夜の雪原に伸びる道宗谷岬の雪原に並ぶ愛車たち夜の風車群と雪道のバイク砂浜の海岸線とバイク緑の岩山と海を望むキャンプ地のバイク海沿いを行くカーブの道白黒写真、壁に停めたリトルカブ

青パーカーの書き散らし

旅の合言葉は「宗谷岬でまた会おう」。 旅の記憶と、知識の記録。

青パーカーの書き散らし 16.02.14 バイクに乗る理由、カブに乗る理由

16.02.14 バイクに乗る理由、カブに乗る理由

のりもの:01:Little Cub(Jasmine)

書き散らし Diary

世の中には言葉では表現できないことがたくさんあります。

見てきた風景、聴いた音、その時の気持ち、あの場所の空気感とかあるときに感じた現実感とか、自分の思っていることを完璧に表現できないもどかしさ。
もちろん部分的には他人に伝えることができますが、言葉にした後には伝えたいと思ったことの殆どが失われています(私の文才の無さが問題かもしれませんが)。

もちろん、バイクや原付やカブに乗る理由だってそうです。
多くの人が(多分)そう思っているように、私も自分がカブに乗る理由のすべてを分かっていません。


――なぜ乗るのか。



「旅がしたい」「乗っていて楽しい」「弄っていて楽しい」「燃費」「カワイイ」「屋根に囲まれた車では味わえない感覚がある」etc...

と、表面的な理由はいくらでも挙げられるのですが、果たして本当の理由はこの中には無いような気もしてくるのです。

当然、自分でもよく分かっていないのだから他人にその感覚を伝えることなど不可能です。
似たような体験をした人にはおおよその感じを伝えることができますが、そのようなことがない人には10%も伝わらないだろうと思います。

特に考えたことがなかったとか、自分にはこれしかなかったとか、気がついたらずっと乗っていたとか、結局そういうありきたりな言葉になるのには、多分、理由が言葉にならないからなんだと思います。


最後に。

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この世の中は、実際に体験することでしか味わえないことで満ちている。

 

(この記事は、前ブログ「heliumucublog(雨の音、カブの音)」からインポートし、多少編集を加えたものです)

10年前(3874日前)

自由に押せますが何も起きません

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