前: 24.08 26歳なつやすみ#3 (北海道-) - 青パーカーの書き散らし
状況を整理すると、現在位置は"北海道のくびれ" 内浦湾の中腹に位置する八雲駅。新函館北斗から約3時間、森町を経由して今に至る。現在時刻は15時20分。
予定では長万部で乗り換えの列車に乗って悠々と小樽を目指しているはずだったが、フェリーが出る23:30に間に合わせるためには、長万部を16:35に出る列車に乗らねばならない。もう一本遅くなると小樽到着が22:50のため、タクシーで爆走しても乗船開始がギリギリとなる。
この旅では、名探偵コナンのようなスピードで乗客がやられていく。
運休の原因は森駅で遭遇した事象と同様で、急患が出たそうだ。
それがどうして一本丸ごと運休となるのかはわからない。
駅員によると16:08発 長万部16:28到着の特急北斗15号が無料開放されるそうで、4番線から降りてきた全員に対して、どこへいくのかを確認してメモを取っていた。これで1時間あった長万部での乗り換えマージンはそっくり消え、わずか7分になる。発車までほぼ1時間あるため、歩いてローソンまで行って、長万部から小樽までの列車で食べる<ご当地>と貼られた豚丼と、最後の一本だったカツゲンを仕入れて駅に戻った。
16:08発の北斗は16:12にやってきて、13分に駅を出た。
これでさらに5分無くなり、長万部では3分で乗り換えしなければならなくなった。
次の小樽行き山線には乗り遅れられない。
なんとしても、乗り換えは失敗できない。
横揺れの激しい特急 北斗で"デッキ"をやって、33分に長万部駅2番線に到着。
向かいのホームのH100型に駆け込む。
こんなに遅れているのに、JRは乗り換えの乗客全員にダッシュを課した。
そのおかげで列車は定刻の16:35に駅を出た。
これで今夜のフェリーを逃すことは無いだろう。
H100は黒松内や倶知安を進む。
車両なかほどのエンジンとビビリの音がうるさい座席で、少しぬるくなってパッケージの紙の味がするカツゲンを飲みながら、ぼーっとする。
外はカラマツとシラカバの濃い緑色だった。
キハ40に揺られて青々とした若木を浴びた午前とは違い、黒く大人びた森に西陽が落ちてゆく。
バイクと違い、大自然に対してなにも怯えることはない。
すべてを乗せたまま、レールの上を滑っていく。
長い道南の旅のおわり
20:30、やっとおわりがやってきた。
今日は秋田(道川の浜)から小樽まで丸14時間移動した。
南小樽駅は2年前と構内が変わっていた。
駅員に聞くと、バリアフリー工事をしたとのことだった。
とおい昔、雪の中タイヤを積んだキャリーバッグを引いて登った10%の坂。
今度は軽々とテンポよく下る。
来るたびに輝くネオンが少なくなっているオスパにやってきた。
男湯の壁画は黒一色で描かれた小樽運河に変わっており、洗面所の壁一面が新しい木にすげ変わっている。
湯から上がり、秋の夜のように涼しくなった風で体を冷ましてから、2階の休憩スペースへ上がった。
ヘルメットは4つ。いずれも中年、40〜50代の男だった。
他には家族が数組おり、テーブルはほとんど埋まっている。
パリオリンピックの女子オムニアムを見るともなしに眺めながら、ふと自分がとてつもなく疲れた顔をしていることに気がついた。
日中、通称・山線に乗る3時間のうちにたらふく寝たのだから、体力的なものではない。精神的なものだった。
ここにいるのは、家族連れと中年のバイク乗りだけだ。
自分が絶望したのは、バイクに乗っているのは決まって中年の男で、他の家族連れは若い夫婦か、老夫婦だった。
若い男など一人もいない。
少し前まで、自分はきっと大きなことをするのだと期待に胸を高鳴らせて日々生きてきた。
それはバイク乗りとして始まった人生の延長線として、大きな世界に飛び出していくという一つの夢の形。
しかし、今この空間にいて分かったことは、このまま無為に時間だけが過ぎてゆけば、ここにいるライダーのように休みのたびにバイクを走らせるおじさんになってしまうことだった。そのことに絶望した。
10代のときのように、覚悟を決めるよりも前に行動に移していた無鉄砲さはどこにもない。
20代前半のように、小さくとも役割を与えられ、すこし社会に認められた気になっていたフレッシュさも無い。
ここに居るのは、繰り返す現実にただ時間を浪費している30手前の男だ。
いま、こんなことを書いているうちにまた中年の男が2人やってきた。
2人の手にはヘルメットが抱えられ、身体はプロテクターで覆われていた。
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