前: 24.08 26歳なつやすみ#4 (北海道-) - 青パーカーの書き散らし
22時頃にターミナルにたどり着き、カウンターで発券を済ませる。
待合室の椅子は、3年半前とは90度違う向きを向いていた。
オスパからターミナルまでは1kmほどで、北海道の広大な広さに比べれば歩いての移動も容易い。
それにしても、オスパを出るとき、原付が一台も止まっていなかった。
フェリーが出発するまで時間がある。まだ走っているのだろうか。
数年前の自分を思い出し、懐かしい気分になった。
小樽ターミナルには何度か来ているが、記憶に残っているのは冬に原付を引き取りに来た時と、冬に原付が壊れて運んできた時だ。その他にも1、2度きている気がするが、あまり記憶にない。
オスパからの道を歩きながら、もう今回で旅を辞めてしまおうと考えていた。
世間一般の人に擬態するのが苦痛だから、頭を使わずにただ自由にバイクを走らせる。
それが何よりも楽で、唯一のアイデンティティだった。
そんなことを繰り返したら、きっとオスパのおじさんたちのようになってしまう。
妻子もおらず、仕事もボチボチで、6畳一間の借家で寝て起きて、休日にはパチンコを打ち、そして夢も希望も全てを無くした死んだ目をしたおじさんに。本当の彼らにはそれぞれの生き方があり、妻子がいるかも知れなかったが、彼らのすがたを通して自分の行く末を覗き見てしまうほど、生きる道というものに自身が持てなかった。
ツーリストA-3に入ると、私のブースは最も手前の75番だ。
フェリーの売店で買った酔い止めを一粒と、セイコーマートのガラナと鮭とばを個室に篭って口に入れる。腹はいっぱいだったが、何かをしていなければ世界から押し潰されそうだった。些細な抵抗として今できるのは、晩酌という名のおやつタイムだけだ。
首だけをあげながらガラナを喉に放りこむ。
布団の上に座り込む気力すら無い。
フェリーの楽しみも一通り経験してしまっていた。
きっと幸せを受け入れる容器の耐久値というのがあって、自分の旅に対する幸せの容器の耐久値は、とうに限度をきたしているのだ。
しょっぱいラーメンの前半は美味しく感じるのに、後半から味を感じなくなってきて、塩辛さと油っこさに苦痛になるこように......。
いつだったか、3人の旅人でトランプを囲んだ冬が懐かしい。
あの時も舞鶴行きだった。おそらく今の私に必要なのは、孤独な旅ではなく、仲間や家族との他愛のない時間なのだ......。
だが、その時間を過ごす仲間もいなければ、家族も恋人もいない。
しかしそれは、繰り返してきた自らの行動や思考の結果だ。
私には母と父がいるが、母は4年前に精神を患い、父とは血が繋がっていない。私に取って父という存在は、どれだけの時間を過ごしても、同居している人という以外に形容ができない。父はきっと不器用なだけだし、父なりに愛情を注いでくれたのだろうが、それでも子どもというのは敏感なもので、私はこのことをずいぶん早くから理解していたように思う。
父が父となってから20年ほど経ったと思うが、結局父からは本当のことは聞かされていないし、今更聞く必要も感じない。
つまりこうしたところが私の本質に根付いていて、他人に深く入り込むことを自然と避けているのだと思う。他人に入り込むのも得意ではないし、他人から入りこまれる場合も、境界や閾値のようなものがはっきりしていると思う。
こんな生き方しか選択できない自分が嫌だった。
かといって、染み付いてしまった思考を変えるためには、26年分の思考を洗い落とす何かが必要だ。一人旅がその便利道具になることもあるが、旅から始まった私には、もはや旅は無用の長物になりかけている。
つまり私は、誰かとともに人生を旅したかったのだ。
そんなことに気がつくのに10年がかかった。
朝になって思考が整理される。
私がおじさんたちの中に見たのは、停滞と孤独だ。
何も成し遂げず、仕事以外で誰にも見向きされない「おじさん」という有り体な存在を自分の将来の可能性のひとつとして覗き見たのだ。
だが進みたくない道が明確になってなお直ぐに行動に移せないのは、きっとこの先のことを決めるのが怖くて堪らないのだ。自身の行く末について、今明確に決定するということが、人生の選択を絞るようで嫌なのだ。
そして、過去にしがみついて生きていたいとも思っている。
未来のことを考えるよりも、過ぎ去って美しくなった過去のことを思い返していたほうがずっと心が落ち着く。
はたして、キハ40のようなぬるま湯に浸かってゆっくりと進むか。
矢のように早く、深いところまで潜っていく北海道新幹線か。
それとも、自らの意思で進む速度も方向も決定する二輪車のような......。
どのような人生を選ぶというのだ。
26にもなって、なにも答えは出てこなかった。
深い深い霧の中で延々と同じ場所を航海している船に乗っているときの気分のような問いだった。
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